ピ蔵本〜僕と僕の本たちの物語

ピストジャム

第15話 『自意識とコメディの日々』オークラ

四月から日本テレビで『なんで私が神説教』という広瀬アリスさん主演のドラマが放送されている。このオリジナル脚本を手がけているのが本作の著者オークラさん。


オークラさんは元々芸人で、引退後に構成作家へ転身。『はねるのトびら』(フジテレビ)『ゴッドタン』(テレビ東京)『バナナサンド』(TBSテレビ)などの人気バラエティ番組を担当し、映画やテレビドラマの脚本も数多く執筆されている。


本作はオークラさんの半生を綴った自伝なのだが、これはお笑いファン必読の貴重な史料でもある。まだ世に出る前のバナナマンさん、バカリズムさん、おぎやはぎさん、アンタッチャブル山﨑さん、ラーメンズさん、東京03さんなどが次々に登場し、一九九〇年代初頭から東京のお笑いライブシーンでは何が起こっていたのか、どういうムーブメントがあったのか、という史実が当時の空気をそのまま真空パックしたかのような臨場感で紡がれている。


まだ十代のころのバカリズムさんのネタを見て受けた衝撃、バナナマンさんとの交流、ユニットコントの脚本を書きまくった二十代、天才ディレクターマッコイ斉藤さんとの出会いなど、どの章のどの篇も引き込まれる。それはオークラさんが自身の嫉妬や焦燥、苦悩や葛藤まで赤裸々に綴っているからにほかならない。


かつてはライバル同士の芸人という立場の視点から紡がれた物語が、作家に転向してからは戦友としての目線に変わり、次々と成功をつかみ取っていく仲間の姿を見守ってきた著者はまさに歴史の証人で、本作はオークラさんにしか語れない逸話であふれている。いまのテレビ界を席巻する芸人や作家の方々がいかに格闘して現在地にたどり着いたのか、知られざるストーリーがあますところなく記されている。


僕が下北沢に越してきたのは一九九九年だった。下北沢はライブハウスと劇場があまたあるのでバンドマンや役者の方が多いとは思っていたが、意外にも芸人が大勢住んでいることに驚いた。


いまなら、ライブハウスや劇場が多ければ芸人も近くに住んでいて当然と思うのだが、当時大学三年で関西出身の僕は、お笑いの舞台は吉本の「なんばグランド花月」や松竹の「角座」のようなお笑い事務所が経営する劇場で披露されるものだというイメージを抱いていたので、お笑いのライブシーンが下北沢にあるなんてまったく思いもしていなかった。


飲み屋で知り合っただけの酔っ払いの諸先輩方に「もう一軒行こう」と誘われ、店をはしごする移動の道すがら「ここはバナナマンの設楽さんが住んでたアパートだよ」とか「日村さんはこのマンションに住んでるらしい」とか「猿岩石の有吉さんはこの店でバイトしてた」とか、教えられたこともあった。どこからそんな個人情報を仕入れてきたのかわからないが、シモキタ民としてそれくらいは知っていて当然と言わんばかりの感じで下北沢になじみのある芸人について語る酔客は本当に多かった。


そんな経験から芸人というものに一気に親近感を持つようになった。その後、自分も街なかでテレビに出ている芸人の方を実際に見かけたり、遭遇したりすることが度々あり、下北沢という特異な性質を持った街のおかげで芸人という職業をより身近に感じるようになっていった。


ラーメンズの片桐さんをお見かけしたときのことは鮮明に覚えている。僕が下北沢に移り住んだ年にNHKで『爆笑オンエアバトル』というネタ番組の放送が始まった。ラーメンズさんはその番組の常連で、僕はその番組を毎回録画して暇さえあれば繰り返し見ていた。


そんなある日、銭湯に行ったら僕のとなりで体を洗っていたのが片桐さんだった。


ついさっきまでテレビで見ていた人が自分のとなりにいるなんて信じられなかった。しかも全裸で。あれは衝撃的だった。


そのころは、近い将来自分がお笑いの道に進むなんて思ってもみなかった。けれど、いま思えばシモキタに越してきたときから、もうすでにそうなる運命だったのかもしれない。



『自意識とコメディの日々』

著/オークラ

発行/太田出版



※次回の更新は、6月25日(水)の予定です。