しあわせは小走りでやって来る
山名文和(アキナ)
第1話 ずっと、少しだけ切なかった(まえがき)
【試し読み】漫才コンビ「アキナ」山名文和、初のエッセイ。 保護犬・柴犬おまめとの暮らしの中で、少しずつ変わっていく日常を綴った一冊です。
まえがき
中学生の頃、一つ上の姉に、「千円貸して」とお願いした。二つ返事で断られ、仕方なく部屋を出ていく僕を呼び止め、姉は言った。
「やっぱり借したるわ。あんたの背中可哀想過ぎて見てられへんわ」
と、財布から千円を出してくれた。
あの時の姉の言葉が、以来頭から離れないようになった。たった千円で、僕の背中がそんなに丸くなるのだろうか
こんな事もあった。
全校集会で友人達とひそひそふざけ合っていたら、
「山名、静かにしろ」
と、僕だけが怒られた。
「山名ってなんかいつも切ないよな」
と、後で皆に笑われた。いつも、とはなんだろうと思った。
思い返すと、幼少の頃から現在に至るまで、空回りしてうまくいかない人達にばかり、僕は目を留めてきた。それでも、失敗などなかったふりをして取り繕った笑顔を振り撒いては、また転がり続ける人間を見つめてしまう。胸が痛い瞬間もあれば、ほくそ笑む瞬間もある。必死に生きようとしている姿に可笑しみを感じる。そんな人達が愛おしくて、都度切り取ってはコントの題材にしてきた。
いつからか気づいたことがある。僕はどうやら哀しみを帯びているらしい。あの日の姉や友人の言葉は、すっかり的を得ていたのだろう。切なさが似合う様だ。僕自身がそんな人間であるから、自己防衛として、無意識に見つめてきたのかもしれない。そこに自分を重ね合わせ、少しでも楽に呼吸が出来るようにしていたのかもしれない。
保護犬のおまめを引き取ったのは、2020年。以来朝と夜の散歩を繰り返す中、毎日いろんな空を見上げてきた。そして、ほとんど鳴くこともなく滅多に走ることのないおまめを見つめ、自分のこれまでを思い返してきた。
僕の丸い背中は伸びただろうか。
いや、伸びることはないかもしれない。他人からすればささいなことを考えてばかり来た。でも、そんな自分を、コントのように可笑しみを持って認めることができるようになった気がする。
これは、おまめを通して、毎日が好きになれたささやかな記録である。
※続きは書籍でお楽しみください。
『しあわせは小走りでやって来る』
2026年6月9日発売
https://www.amazon.co.jp/dp/4847076710