眼鏡をはずすとちょっと目が大きくなる
浦井のりひろ(男性ブランコ)
第6話 大ポンコツ期
前回平井が何やってもうまくいかない「大ポンコツ期」に突入した事に触れた。しかしその一年ほど前、自分にも大ポンコツ期が訪れていた。ルミネtheよしもとの出番の日に忘れ物をしてしまい、出番の合間に自宅に取りに帰ったら家の鍵を持っていない事に気付き、何も出来ずルミネに戻った際平井に「俺は今日駄目な日だ」という情けない報告をしてもう一往復した事があった。「大ポンコツ期」とはその時に名前が付いたものである。
振り返ってみると、今までも度々こういう時期があった。気分も落ち込み、うまくいかなかった会話等もついでに思い出して、自分はなんて情けない人間なのだ、ああ駄目だこりゃ、と全てが嫌になって布団でモゾモゾする。時間が経てば気分はケロッと戻り、また日常に戻っていくのだが、タイミングが悪いとしばしばとんでもない事になる。
もっともひどかったのは高校三年生の時だ。硬式テニス部に入ったはいいものの、練習に全くついていけず、公式試合で一度も勝つ事がないまま引退の時期を迎えてしまった。団体戦のレギュラーなど夢のまた夢、最後の試合は個人戦のみとなった。個人戦のトーナメントは部員ごとに会場がバラバラで、試合は各々が会場に赴き参加する形であった。そこまでのアクセスも自分で調べて行くのだが、そのタイミングで大ポンコツ期に突入。当日よく似た名前の全く違う会場に行ってしまい、「引退試合不戦敗」という全く情けない引退の仕方をしてしまった。目撃者が誰もいない為、他の部員にも顧問にも「一回戦で負けてしまった」と報告した。「一回戦で負けた」が、まさか試合すらしていないなど、誰も夢にも思わなかっただろう。
そして大学受験。進学する為のクラスに属してはいたものの成績は伸び悩み、二次試験を受ける気力が湧かなかった為、センター試験(今でいう共通テスト)の結果のみで合否を判定する大学一点集中で臨んだ。だがゆとり教育最初の世代である我々87年生まれのセンター試験は、問題が平易になった分例年より高い点数が合格ラインとされた。自分は去年までならなんとか合格、という点数しか取れなかった為、第一志望を変更せざるを得なくなった。滋賀県は彦根にある自宅からギリギリ通える大学を選んだが、やってこなかった二次試験が鎌首をもたげる。
付け焼き刃で挑んだ前期試験はあえなく不合格。残すは後期試験のみとなってしまった。後期試験は3月の半ばに実施されるため、卒業した高校に次の日からまた通い始め、試験対策の授業をマンツーマンで受けた。これに落ちると浪人が決まってしまう。必死に最後の追い込みをかけている最中、ここまででも充分ポンコツだったが、真の大ポンコツ期に密かに突入していたのだった。
二次試験当日。科目は前期と同じ英語と数学。これまでの総力を結集し全力で挑んだ。そして二つの科目が終わった時、試験管が告げた。
「では三科目目、物理の準備を始めます」
心臓が跳ねた。三科目目? 物理? え? 前期になかったじゃないか!
後期試験だけ三科目目の物理が出現する事をその時知った。なんて事だ。センター試験以来物理など一切触っていない。焦るなどという次元を悠々超えて目の前が真っ暗になった。終わった、という実感だけがあった。
センター試験までの知識で遮二無二挑んだ。なんとか解ける問題と、パラレルワールドの日本語でも読まされているのかと思うほど手のつけようがない問題とがあった。あとは試験会場がとてつもなく寒かった記憶だけがある。
試験後の帰り道、自分はこの春大学生になっていないかもしれない、と思ったら泣けてきた。試験科目を間違えるとは、なんたる間抜けか。両親に申し訳が立たない。
しかし他二科目が助けになったのか、結果は合格であった。あれほど安堵のため息をついたのはこの時以外ない。後に大学を四年通って辞めるのはまた別の話とさせて欲しい。
大ポンコツ期は不意にやってくる。生放送で炊き上がっていない炊飯器を開けてしまったり、ハワイでセルフスタンドのやり方を知らないまま突入したり。その度に少し立ち止まり、今の自分を省みる機会としている。
さて2026年である。今年はどんな年にしたいか等を表明したいところだが、これを書いている時点ではまだ2025年末である。なのでここで2026年の話をすると滑り込みで鬼が笑い、大ポンコツ期に引き摺り込まれる可能性があるのでやめておく。
※次回の更新は、2026年2月3日(火)の予定です。