
眼鏡をはずすとちょっと目が大きくなる

浦井のりひろ(男性ブランコ)
第2話 君は趣味をやめることができるか?
オタクである。
正確にはロボットキャラクターのプラモデル、フィギュア等のオタクである。親曰く、スーパー戦隊、勇者シリーズ、ガンダムなど、小さい頃はどんなに泣いていてもそれらロボットの出てくるテレビ番組を流せばピタリと泣きやんだという。
物心ついた頃から、お小遣いやらバイト代やらをそれらの収集に費やしてきた。
初めてのプラモは祖父に買ってもらった『Vガンダム』に出てくる敵のキットだったと思う。主人公のガンダムは残念ながら売り切れだったが、その敵ロボットが主役のストーリーをいくつも脳内で展開し、ボロボロになるまで遊び倒した。誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも、その時好きだったロボットの立体物だった。車で待ってるから自分で買ってきなさい、と親に渡された二千円をトイザらスの店内で落としてしまった時は周りの目を憚らず(はばからず)わんわん泣いた。
小学校高学年になり、友達とテレビゲーム等をして遊ぶ事が増え、ロボット玩具集めは鳴りをひそめていたのだが、中学2年生くらいで思春期の訪れと共にガンダムを中心としたロボット物への興味が再燃し、地元のホビーショップ巡りが日課となった。雪の日に部活をサボってガンダムのカードを買いに行き、帰りに転んでカードが雪でグシャグシャになった時、因果応報の意味を心で理解したのもその頃だった。
高校生になり、自意識とオタク趣味の狭間で猛烈に揺れることになる。その頃のテレビや雑誌等でのオタクの扱いは決して良いとは言えなかった。その影響を受け、自分は変なのだ、このままでいるとしんどい思いをするだろうし、異性にモテないと考え、全部やめて「普通の」高校生になるべきか、という自問自答を夜な夜な繰り返していた。結局選んだのは「表ではそういう趣味のない人間として振る舞い、ごく限られた人間関係の中だけで開示する」というものだった。結果その頃の交友関係は狭いものだったが、今でも趣味の話で連絡を取り合ったりしている。
大学生になり、平井と出会った演劇サークルを辞めた後、大学にあまり通わなくなり、他校のサークルに入り浸ったりしているなかで、ひっそりと玩具収集は続いていた。地元京都では手に入らないレアな『トランスフォーマー』を求め、大阪の日本橋にも足を伸ばしていた。
相変わらず趣味の話を人とすることはなかった。演劇サークルを辞めてから、月に一回マクドで会う仲となった平井とはエンタメの好みこそ似ていたが、自分の玩具収集のことは言わなかった。僕が今まで国内にできた実物大ガンダムの立像をすべて見に行った事があると伝え「マジで好きやん……」と驚かれたのもつい最近である。
いつしか芸人を志し、平井とコンビを組み大阪のNSCに入るとなった時、「お笑いに専念するため、この趣味とおさらばしよう」と決意した。地元の家電量販店やおもちゃ屋通いをやめ、ネタ見せに励んだ。
ある時ふとNSCの周りを散策してみようと思い、10分ほど歩いていると、見覚えのある通りに出た。日本橋のオタロードだった。
「なんばと日本橋ってめちゃくちゃ近かったのか……」
大阪の地理を知らな過ぎた。かつて通っていたお店の前を通る。開いている。吸い込まれるように入り、流れるように仮面ライダーの食玩を買って帰った。趣味断ちの誓いはあっさりと破られた。それから日本橋に前以上に足しげく通うようになるが、「いつかこのショーケースに並んでいる玩具を買えるようになるぞ」とモチベーション向上には繋がった。
東京に活動の場を移し、今度こそ気合を入れるためやめようと思った。
転がりこんだ東京の同期の家から渋谷の劇場まで通うのに、自転車でまず中野駅に向かう必要があった。駅に早めに着いたとき、辺りを見て回る。なんだか賑やかな建物がある。何かを感じ近づいてみると中野ブロードウェイだった。まんだらけをはじめとしたさまざまなオタク向けの店舗がひしめき合う魔境のような建物で、その中にもう市販していないプラモデルを扱う店が佇んでいた。入った。見た。買った。ダメだこりゃ。というか渋谷の劇場の地下もまんだらけだった。
渥美清が寅さん役に抜擢される前、売れるために小野照埼神社で大好きな煙草を断って願掛けをした逸話があるが、自分には絶対無理だろうことが身に染みてわかった。その後吉本プラモデル部に所属し、趣味が仕事になる経験を経て、今に至る。
『クレヨンしんちゃん』で強烈に覚えている回がある。みさえとしんちゃんがみさえの友達か誰かの家に行き、その友達の夫の趣味がおもちゃ遊びだとわかる回。しんちゃんは大興奮して一緒に遊び、みさえは「まあ、純粋な人なのかもね〜……」みたいな反応に困った様子でその回は終わっていたが、僕は子供心に「こんな大人にはなるまい」と思ったものだった。今やどうだ。あの夫のような大人そのものである。
あの頃布団の中で思い悩んでいた高校生の自分よ、この趣味から離れようとしても無駄だ。諦めてその限定キットを買いなさい。後にすごくプレミアがついて手が出せなくなるから。まじで。お願い。
※次回の更新は、2025年10月7日(火)の予定です。