眼鏡をはずすとちょっと目が大きくなる

浦井のりひろ(男性ブランコ)

第1話 僕の視力遍歴

 小学校低学年の頃は目が良かった。通学路の長い直線の道をどこまでも見通す事ができ、風と並んで野山を駆け、星と共に歌いながら暮らした。

 テレビゲームにハマって以降、我が視力はわかりやすく暴落の一途を辿った。親に怒られることを恐れ、新学期ごとに実施される健康診断の視力検査で要矯正器具となる“D”判定が出ないよう毎回震えながら臨んでいた。

 6年生の時に実施された国語のテストで、先生のミスによりまだ習っていない範囲から漢字の書き取り問題が出ていることが発覚したため、救済措置として先生が答えをすべて黒板に書いたが一文字も見えなかった。肝を冷やしたが、前席の女子の眼鏡を借りるという奇策で事なきを得た。眼鏡を貸して欲しいと頼んだ時のその子の「なんで……?」という表情が今でも忘れられない。

 そうしてだましだまし「ギリ目が悪くないやつ」を演じてきたが、中学にもなるとさすがにごまかしきれなくなり親に目が悪いことを打ち明けた。「いつ言うのかなと思っていた」とあっさりした反応だった。もっと早く言えばよかった。

 あこがれと、顔の変化を最小限に抑えたいという思いから視力矯正にはコンタクトレンズを選んだ。販売店で視力検査と検診の後、しっかり1時間自分の眼球と格闘し、なんとか初めてのレンズを装着した。

 世界が作り替わったのかと思った。物の輪郭がはっきりと見える。目を細めなくても、黒い輪っかの欠けている方向がわかる。深夜に休止しているテレビが流す、車のライトがぼやけた高速道路の映像のようだった夜の街が、ネオンの文字までくっきりと、確かにそこに存在していた。本当にもっと早く言えばよかった。

 それからというもの、昼はコンタクト、夜は眼鏡の生活が始まった。快適という他なかった。勉強ははかどり、卓球も急激に上手くなった。修学旅行で夜に眼鏡をかけてクラスメイトから「アナウンサーみたい」と言われるのも悪い気はしなかった。見えづらくなっても、コンタクトの度数を変えればすぐ元のように見えるようになるのは、サイボーグ化したようで僕のオタク心を刺激した。

 高校3年のある日の授業中、左目の上半分の視界が暗くなった。慌てて眼科を受診した結果、網膜剝離を発症している事がわかった。ボクサーがなるやつじゃないか! 1発も殴られてないのに! と思ったが、視力が悪くなりすぎても発症することがあるらしい。その時は文化祭のクラス演劇の準備が進行中であった。流行った映画をぎゅっと15分ほどに縮めたもので、僕は主人公の上司役という3番手くらいの役を担当していた。文化祭直前に手術をしたため、本番は眼鏡で臨んだ。クラスは文化祭で優勝し、テストで一度もいい点数が取れなかった物理の先生に「お前の芝居はよかった」と3年間で唯一褒められた。実は自分は眼鏡と相性がいいのではないか、と思った最初の出来事であった。

 大学を中退した後、平井と男性ブランコを結成してNSCに入り、3年目くらいまではコンタクトで活動していた。ある時ガクテンソクの奥田さんに飲みに連れて行ってもらった際、「浦井は眼鏡を掛けてないというイメージもないから、掛けてみてもいいんじゃない?」という複雑なアドバイスをいただいた。要するに今の僕に何のイメージもないという事なので、それならばと普段から眼鏡を掛けてみる事にした。しかし何か特色を出せないかと考えすぎた結果、普通の眼鏡を掛ければいいものを“つる”がゼブラ柄のものを選んでしまい、以来見取り図の盛山さんに「ゼブラーマン」と呼ばれる事になる。ゼブラの部分小さすぎるでしょ! というのがお決まりのやりとりとなった。それから1年くらいして、僕のファッションセンスのなさを見かねた元令和喜多・みな実の野村さんに全身コーディネートしてもらった際、今のような丸眼鏡になった。するとそのあたりから、「文豪」「アナウンサー」「会社員」と、見た目のイジりが増え、コーナー等でも前に出やすくなった。やっぱり自分は眼鏡と相性がいい、という事を確信するまでにかなりの時間を要したのであった。

 ある時実家で昔の写真を見た。父が幼い僕をおんぶしているものだったが、太い黒フレームの眼鏡を掛けた父の姿は今の自分そのままだった。なんだ、ずっと答えはそこにあったのか。

 現在は、中学で初めてコンタクトをするようになった頃より視力はさらに低下し、眼鏡のレンズはそのままだと極厚になって目が小さくなってしまうため、オプションを付けて可能な限り薄くしてもらっている。それでも眼鏡の時と裸眼とでは目の大きさがかなり変わるため、人前で眼鏡を外すと人相が変わりすぎて驚かれる。以前演劇で宇宙人の着ぐるみを被って稽古した時など、頭の部分を外したら中から知らない俳優が出てきたと軽いパニックになってしまった。眼鏡を掛けていない頃の自分はすっかり過去のものとなった。

 つらつらと書き連ねたが、このコラムではそんな度数の高い眼鏡を通してみた様々なことを書いていこうと思う。色眼鏡を掛けることなく、楽しんでいただければ幸いである。




※次回の更新は、2025年9月2日(火)の予定です。