自意識過剰デトックス

狩野大(バリカタ友情飯)

第10話 僕は努力家だった

高校生まで勤勉で、まるで絵に描いたような努力家だった。

塾に通うことなく、塾通いの秀才連中とひたすら暗記のゴリ押しで渡り合っていた。


部活もずっと頑張っていた。小中高と10年弱もサッカーを続けた上に、1回も休む事なく練習に参加し、自主練もよくやっていた。


努力している自分が好きだったし、特に他にやりたいこともなかったので目の前の事に手を抜かず打ち込み続けるしかなかった、と言い換えることもできる。

僕は典型的な真面目な努力家だった。


そう、高校3年生の夏までは。


高3の夏に部活動を引退し地獄の練習漬けの日々を終えると、進学校なので夏休み突入と共に皆受験モードに切り替わった。

かく言う僕も即参考書を揃え、オープンキャンパスにも行き、大学受験に向けてエンジンを順調に掛け始めていた。

塾通いはあえてせず、自ら計画表を作りちゃんと準備した。これまで勉強も部活も自分を信じて努力し、そんな自分を誇りに思っていたので、この選択に迷いはなかった。


真面目の権化。勤勉の鬼。完璧なスタートダッシュ。こうして狩野の大学受験の夏が始まった。


しかし夏休みが始まった数日後、ある事に気付く。


「あれ? これいつでも寝れちゃう?」


思えば、これまで放課後はほぼ毎日夜まで厳しい練習。土日も基本試合で朝から夕方まで稼働。

体力的なしんどさに加えて、厳しい監督の数々の叱咤で精神的にもしんどい日々だった。それでも辞めなかったのは「辞めたら逃げ」だと思っていたし、どうせならこの厳しい部活を最後までやり切って自分の根性を試したかっただけ。それだけ。


そんな日々がある日突然「0」になった。


試しに夜更かしして翌日昼まで寝てみた。


そして起床後気付く。「な、なんだこの気持ちの良さは……!?」


好きなだけ寝るってこんなに気持ち良いのか? 何なんだ、この幸福感と全能感は!

起床直後の『笑っていいとも!』が今までの何倍も笑えた。

その夜の金曜ロードショーの『となりのトトロ』は、今までで1番感動した。


それまでは明日学校だ〜部活だ〜と憂鬱な感情で休日を”消費”していたが、今や明日も明後日も部活がなく永久に眠れる。罪悪感のない夜更かしと無駄寝コンボは、僕の感受性を鋭敏にさせるほど多幸感に溢れていた。


それからというもの、ほぼ毎日たっぷり寝た。

昼寝を覚え、インターネットを覚え、深夜アニメを覚え、エッチなサイトを覚え、世の中には睡眠に加えてこんなに幸福になるものがあるんだと知った。


「夏を制する者は受験を制す」

そんな格言もある受験最後の夏を、惰眠をむさぼる快感だけ学んで終えた。

「部活動を終えた者は惰眠を貪る」という新たな格言が刻まれた。


しかし流石の僕もこのままじゃマズいと思い、その後ダラけた夏を取り返すかのように猛追! 模試の点数は伸び志望校を射程圏内に収める! という理想だけが頭の中で先行し、結果から言うと大学受験に大失敗した。


何が失敗かってすべての教科の点数が低いならただの失敗という認識だが、英語だけはしっかり点数が取れていたのがリアルな失敗を物語っていた。なぜ英語だけ点が取れていたのかはわかる。秋頃からあの夏の罪滅ぼしかのようにギリ英語にだけ手を付け、やった分だけ点数も伸び、結果英語だけ努力の成果が発揮されたのだ。要は、自分には努力して目的を達成する才があったのだとわかったこの瞬間がもっともリアルで情けなく、後味が悪かった。


夏休み後から睡眠ジャンキーになって、たくさん寝て夢のような表情で夢を見る夜を過ごしたせいで、自分を律することが全くできなくなり、努力を忘れ、ちゃんと夏を制さなかったので受験も制することができなかった。逆方向から格言が証明されるとは、まったく皮肉なもんだった。


そして時を経て芸人になった今、あの夏の僕を本格的に恨んでいる。


今、あの夏ぐらい眠い。今日も丸一日空いていたのに昼まで寝て、飯食って、また寝たので、これも20時に書き始めている始末。

僕の想定だと午前中に書き終えて、午後からネタを考えようと思ったのに気付いたらもう1日が終わろうとしている。泣きそうだ。全てはあの夏に睡眠という甘い蜜を覚えてしまったせいだ。


過去の自分のせいにするな。意志が弱いからなんじゃないか。本気なら眠くならないはずだ。

いやそんなの知らねえ! 過去の自分のせいにさせてくれ! じゃないと情けなくて不貞腐れてまた寝てしまう。


先日初の『ABCお笑いグランプリ2025』準決勝に進出し、ここ5年でようやく明確な結果が出たのが嬉しかった。反面、センター試験の英語の点数を知った時の感覚にも陥った。つまり、惰眠せず努力していればもっと早く辿り着いたんじゃないのかと。だからこそ、準決勝進出者を見て、真っ直ぐ努力できる人間がこんなに多いことに驚いている。個人事業主なので止まったら死ぬので動かなきゃ終わりなんだけど、これを当たり前にできているのがどれだけ異常か伝わって欲しい。少なくとも毎日眠い僕が1番わかっている。


寝るのはあんなにも楽しくて気持ち良いのに、それに負けず平気で動ける人間というのは尊敬できるし異常なのだ。

皆なんで家帰って寝ないの? 芸人っていっぱい寝れるんだよ?


そこでふと思い出した。今でもお世話になってる作家さん、東京吉本の師・山田ナビスコ氏に1年目の時芸人になった理由を聞かれた時のことを。


「狩野って、なんで芸人目指したの?」


「会社で頑張るのが嫌だったので、芸人になりました。」


「お前どうすんだよ〜!! この世界が1番頑張らないといけないんだぞ!?笑」


大人とは思えない会話をしてしまった。どうやら本当にそうでした。今、わかりましたナビスコさん。

僕、寝るの我慢します。頑張ります。