ご縁がありませんでした -私が出会った激ヤバ男たち-

みながわ(ネイビーズアフロ)

第1話 激ヤバ男File01.海外かぶれ男

「どれにしよっかなー?」

 一人で呟きながら、ベッドにいくつも服を広げて、今日のコーデを決める。天気もいいし、明るい色のスカートにしようかな? こんなにワクワクする時間は久しぶりだな。仕事仕事の毎日の中、久々のお休み。それに今日はデート。デートといっても相手はまだ会ったこともない男性。そう、流行りのマッチングアプリに私も挑戦してみた。

 仲の良い友達の結婚ラッシュ。増えていくのは焦りや嫉妬、減っていくのは通帳の残高。先月は3回も結婚式に出席して、ご祝儀の出費がかさばるかさばる。もうこの期に及んで贅沢は言っていられない。最低限の合格ラインを超えた人なら、一度付き合ってみてもいいかなとまで思っている。

 買ってからまだ一度も履いていない空色のスカートを履いて出掛けた。今日の空の色にもピッタリ。まだ寒さも残っているけど、今日みたいに少し暖かさを感じる日もある。駅に近づくほど高まる幸福感は、春の予感のおかげかな? それともこの後起こるかもしれない素敵な展開への期待からくるものかな? 約束の駅へ向かう電車の窓から見える青空。いつも通勤で見ているときとは段違いに綺麗に見える。

 待ち合わせの改札のところに、背の高い男性が立っている。あの人かな? スラッと背が高くておしゃれなイメージ。あの人だったらいいな。少し大回りして、距離をとりながら正面から見える位置へ歩く。黒のダウンジャケットに、ベージュのシャツ。やった! あの人だ! ゆっくり近づいていくと、

「はるさん? はじめまして! ゆうきです!」

 彼の方から挨拶してくれた。かっこいい。これは大当たりかもしれない!

「はじめまして。はるです! 今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ! とりあえず、いこっか!」

 今日は特に予定を決めるでもなく、近くの公園でお喋りすることになっている。メッセージのやりとりでそう決めていた。あらかじめあれこれと決めてから行動するのが苦手な私にとって、そんなザックリとした予定を立ててくれた彼は、なんだか合う気がする。見た目もとっても好印象。彼もそう思ってくれているといいな。

 歩き始めると、彼は言った。

「マッチメイキングアップってよくやっているの?」

「え?」

 聞きなじみのない言葉に、思わず聞き返してしまった。

「マッチメイキングアップだよ。デーティングアップ。和製英語でいえばマッチングアプリのことだよ」

「あー、マッチングアプリ。いえ、最近始めてみたところで、こうして実際にお会いするのはゆうきさんが初めてなんです!」

「えー? そうなの? 僕も初めてなんだ! よかったぁ、とっても緊張してたから。僕普段はカンパニーエンプロイーで、仕事と家の往復って感じの毎日で」

「え?」

 またしても聞きなじみのない、そしてきっと今後も聞くことはなさそうな言葉に、思わず聞き返してしまった。

「カンパニーエンプロイーだよ。和製英語でいえばサラリーマン」

「あー、サラリーマンという意味なんですか」

 雲行きが怪しい。まだほとんど知らない人から、知らない言葉がどんどん出てくる。

「ごめんね! 僕、海外への留学経験があってさ。日本では通じても、実際に英語圏で通じない言葉はなるべく使わないようにしてて」

「へー。そうなんですね」

 そんな人いるんだ。純粋になんでだろう? なんでなるべく使わないようにしてるんだろう? ひけらかしたいという目的以外が思いつかない。

「喉乾いてない? コンビニエンスストアで飲み物でも買わない? それともコーヒーショップにする?」

 いちいち文字数が多い。疲れてきた。

「私はどちらでも。コンビニでペットボトルの飲み物でもいいですよ」

「ペットボトルも和製英語で、海外では伝わらないんだよ。ペットボトルのペットはポリエチレンテレフタラートの頭文字をとってP、E、Tでペットって呼んでるんだ。海外ではプラスティックボトルだね。ちなみにホッチキスも、発明者のベンジャミンホチキスの名前からとって呼ばれているだけで、海外ならステープラーになるんだ。ちなみにチャックにいたっては日本語の巾着の"ちゃく"から来てるから、そもそも和製英語って言っていいのかって思うよね!」

 いいや、思わない。嬉しそうに同意を求めてくるけど、そんなことを考えたことなんてないし、この先もない。お願いだから、もうちなまないでほしい。初対面の人に対して、数分の間に話していい文字数を超えすぎている。

「おしゃべりするの、好きなんですね。わたし頭よくないからなかなか付いていけないです! ははは!」

「黙れ」を、何枚ものオブラートに包んで伝えてみた。

「あ、ごめんごめん! ちょっと喋りすぎてしまったね! こりゃいけない。お口にチャック。おっと、違った! お口にジッパー!」

 ここまで人をイラつかせることができるのは、アッパレだ。拍手喝采だ。大きな拍手を送ってこいつから出てくる全ての音をかき消したい。

 それから何を話されても、面白いぐらいに頭に入ってこない。繰り出されるカタカナの多さに、きっと身体が拒否反応を示しているんだろう。

 公園のベンチに腰掛けて彼は懐かしそうに話しだした。

「いやーしかし、留学行って本当によかったよ! 日本にいても決して触れることのない文化に触れることができたし、価値観も変わったなぁ。たくさんの出会いもあったし。あのアメリカで過ごした2週間は間違いなく僕の人生を変えたよ」

 に、に、に、2週間!? 2週間!? ド短期留学じゃないか。そんなの旅行じゃないか。それでも彼は、自慢げに、満足げに青空を見上げている。その見つめる先へはるか遠く進んで、そのままこの星から出ていってくれてもいいのに。

 「またまた喋りすぎてしまったね! お口にジッパー!」

 こうして彼は、最低限の合格ラインの遥か下をくぐり抜けていった。




※次回の更新は、2025年6月6日(金)の予定です。