楽屋百景

吉本芸人

第2話 突然はいつものようにやってくる(フルーツポンチ 村上健志)

新宿にあるお笑い劇場「ルミネtheよしもと」の大楽屋で、1ステージ目と2ステージ目の間の空き時間を過ごしていた。ルミネ(ルミネtheよしもと)の楽屋は、誰がどの楽屋を使うということは、基本的には決まっていないので、各々の芸人がいくつかある楽屋を自由に選んで過ごしている。出番前には、衣装に着替え、髪をセットしたりと色々と準備があるが、1ステージ目の出番を終えた後は特にやることはないので、それぞれの芸人がそれぞれの過ごし方をしている。スマホで動画を見る、番組のアンケートを書く、楽屋にあるテレビを見る、飯を食う、寝る、爪を切る、スニーカーの汚れをウェットティッシュで拭く、外に出て行く者もいる。その日は、4、5人が大楽屋で過ごしていた。別に気まずいとかではなく、それぞれがそれぞれのことをして過ごしているため、多少の会話はあったと思うが楽屋には静かな空気が流れていた。


「となりのトントロはある?」と唐突に話し出したのは麒麟の川島さんだった。話しかけられているのは僕だとわかる。「いや、ないですね。ジブリ関連だとチャル米良美一か宮崎早送りがありますけど、となりのトントロはないですね」と急にダジャレ大会が始まり、あえてつっこまずそれが当たり前のように話に乗っかりボケを続けている訳ではない。というのは、ここ何年か僕がやっているネタに関連している。


自分ではチープモノマネと呼んでいるが、別にその呼び名は特段拡がっている訳ではないのでどうでも良いのだが、元々ギャグとして作ったダジャレものまねのようなものをコンビの漫才としてやっている。例として挙げげると、えなり歌舞伎(えなりかずき)だとか四輪駆動静香(工藤静香)、泣いてる・ジャクソン(マイケル・ジャクソン)、ルパン三万回再生(ルパン三世)などなど。なんだそのくだらないネタという気持ちは一旦置いて頂いて、とにかくそういった有名人や作品名をもじったネタがある。川島さんはそのネタを知ってくれている上で、「となりのトントロ(となりのトトロ)はある(もうネタでやってる)?」と言ってくれたのだ。こういうネタやってみたらと、アドバイスをされている訳ではない。そもそも、他の人のネタについて面白かったなと言うことはあっても頼まれた場合やよっぽどの関係性があるのを除いてアドバイスをすることはまずない。ダメ出しなんてのはもってのほか。川島さんは僕らのネタで遊んでくれているのだ。


「遊ぶ」は、よく使われる芸人用語でもなんでもなく、文字通り遊んでいるだけだ。楽しく喋っているだけとは少し違う。たまたまあったボールを誰かが投げ、キャッチする人が現れたり、遠くにあるペットボトルに当てようとするものが現れる、雑誌を丸めてバットを作る人が現れたりするあの感じ。楽屋では、たまに誰かのネタやギャグがボールの代わりに遊び道具になることがある。「ウォンビン、ビール瓶」のようなラップネタでお馴染みのジョイマンさんに「リラックス、ジュークボックスってありますか?」と聞いてみたり、「砂漠でラクダに逃げられて~」のような嘆きツッコミを当時していたザ・パンチさんに「百人一首の大会会場にコンタクトレンズ落として~ってありますか?」と話かけることがある。「それはないけど、こういうのだったらあるよ」と会話が続き、他の誰かが「じゃあこれは?」と案を出し、また他の誰かが案を出す。「それ、マジで使えそう」とか「なにそれ、全然趣旨間違ってんじゃん」と笑いが起きたりする。案といったが、別に誰も真剣にこのネタどうですかと相手のためを思って発言している訳ではなく、無責任に人のネタを楽しんでいる。遊んでいるのだ。頼まれた訳でもないし、得も損もないけれど楽しいからしている(もらったほうは、実際にもらった案を使わせてもらうこともあるので大変ありがたい。)。

 それてしまったが、話を楽屋に戻そう。「となりのトントロはある?」と川島さんが話し始めると、それまでそれぞれのことをしていた楽屋にいた芸人達がごく自然に話し始める。


「平成狸合戦トントロは?」とザ・パンチ浜崎さん

「いやないですよ」と僕。

「タンとナムルと上カルビ」と川島さんがすかさず続ける。

「なんですか? それ」と僕。

「千と千尋の神隠しじゃなくて!」とザ・パンチの松尾さんが川島さんのもじりに気づいてつっこむ。

「僕、別に焼肉屋縛りでネタ作ってないんですよ。もうそれスタジオジブリじゃなくて焼肉ジブリでしょ!」という僕の言葉に間髪入れずに「スタミナジブリ」と川島さんが放つ。

「焼肉屋さんの店名みたいになってる」と僕。


そこから、ジブリと焼肉関連の言葉のもじり大会が始まる。


「炭を焦がせば(耳をすませば)」

「網の上のミノ(崖の上のポニョ)」

「みののけ姫(もののけ姫)」

「網変えないのありえないって(借りぐらしのアリエッティ)」


楽屋の外にいたライスの関町さんも中に入ってきて「肉たちはどう焼けるか(君たちはどう生きるか)」と参戦すると「おー」と何故だかやるじゃんと言う空気が楽屋を包む。


「思い出トントロ(思い出ぽろぽろ)」

「カントリートントロ(カントリーロード)」

「いやトントロ多いな。食えないの豚(紅の豚)」


「お前にサンチュを巻けるのか(お前にサンは救えるか)」

「煙立ちぬ(風立ちぬ)」

「炭火プロデューサー(鈴木プロデューサー)」

「店員のおすすめチャプチェ(天空の城ラピュタ)」


昨日から考えてきたんじゃないかというスピードで次から次へと言葉が飛び交う。

僕も負けじと「マジの備長炭(魔女の宅急便)」

「天つゆと塩で食べた(天空の城ラピュタ)」

と連投する。


すると「天ぷらやん」と川島さんに突っ込まれる。「マジの備長炭ってなんやねん。ちょっとちゃうねんな。下手ちゃう」と言われ「いや、なんすか下手って。僕が本家なんですよ」と言い返すも「なんで本家なのに下手やねん」と言われたりもしながら大会は続く。終了の合図がある訳ではないが、なんとなくみんな楽しんだと言う頃合いに、


「レジの上のガム(崖の上のポニョ)」と川島さんが言うと、本当に焼肉屋さんの最後にガムをもらって終わるようにその言葉でダジャレ大会は締めくくられた。嗚呼、楽しい。ルミネの出番が貰えるようになった当初の頃を考えると信じられないくらい楽屋が楽しい。


当時は先輩に挨拶をするだけでも、やたらと考えていた。先輩同士が会話しているところに挨拶をしたら会話を止めてしまうかもしれない。会話に間ができるのを伺いたいが、あまり目につくところに立っていると催促しているようだ。後回しにしようとも考えるが、その間に別の用事や出番が来て挨拶ができなかったら最悪だ。考えた末、楽屋のドアのところに半身だけを出して様子を伺う。緊張で先輩の会話の内容はほとんど入ってこないが、一応会話の中にボケっぽい言葉やツッコミっぽい抑揚が聞こえたら笑うようにする。大袈裟に笑うのではなく畏れ多いけれど思わずこぼれてしまった笑いを噛み殺すように笑う。こいつ俺らの話で笑ってると気分が良くなって気に入られるんじゃないかと思って作り笑いをしていた。今思えば、知らない後輩がチラチラと姿を見せ、わざとらしく笑っている姿はむしろ煩わしかっただろう。先輩がいる楽屋に入る勇気はないので通路に居座り、先輩が前を通る度に立ち上がり会釈をする。とにかく居心地が悪かった。早く仲良くしたかったが(先輩に対して仲良くと言うのが正しいかわからないが)話しかける勇気はなく、話しかけてもらえるかもと出番が終わった後も帰らず、しばらく楽屋(通路)に残ったりもした。居心地が悪かったのは別に先輩が嫌がらせをしていた訳ではなく、こちらが勝手に恐縮していただけだが、当時は少しでも失礼があったらキレられると本気で思っていた。同時に先輩と仲良くなれたら同期の芸人にマウントが取れるとも思っていた。テレビに出てるような先輩に飲みに連れて行ってもらったという話は、同期と飲む時にかなりの自慢だった。もし運よく話に混ぜてもらった時は、面白いと思われるために脳内で言葉を考えるが、面白くないと思われる怖さに勝てず、ただ話を聞いていただけの日も多々あった。あの頃、楽屋は楽しい場所ではなく先輩に怒られることないようにと気を張り、同時に先輩と近づけるように模索する場所だった。そんな気まずくて気の休まない楽屋で今では気合いも入れず笑っている。盗み聞きをして眺めていただけのやり取りの中にいる。大いにすべってもすべったことを笑いにしてくれる先輩や後輩がいる。



レジの上のガムが見事に決まった楽屋はもう穏やかさを取り戻していた。2ステ目を迎えるための準備が始まる。緩めたネクタイを締め直す、カゴに入った何種類かののど飴から好みの味を選ぶ、充電していたスマホからコードを外して忘れないようにカバンに充電器をしまう、誰も焼肉ジブリ大会の余韻に浸ることもなくいつもの楽屋の光景に戻っていた。いや、あの盛り上がりもまたいつもの光景なのだから戻った訳ではないか。カゴに100個くらい入ったのど飴からこれだというものは特に見つからず、一つものど飴を取らないで「あ、あ、あ」と声を出し特に悪くもない喉の調子を整える。もうすぐ出番だ。



 ※次回の更新は、4月20日(日)頃の予定です!