あなたと私のエレガント人生

エレガント人生(中込悠・山井祥子)

第16話 喧嘩未満のひとりずもう(中込悠)

なぁ祥子よ。

こちらとしても「10キロ痩せる」という目標に向かって邁進する祥子の足を引っ張りたくないし、何なら誘惑に負けそうな祥子に対して鞭を振るうくらいの覚悟が必要だということはわかっているよ。

とはいえ、やはり祥子が糖分を摂取した時の“ドーパミンやらセロトニンやら溢れ出し顔”がたまには見たくなってしまうわけで、こちらはこちらで常に誘惑と戦っていることを理解してほしい。

 

確かに祥子が察するように、僕は人に厳しく接することが得意ではない。

それは穏やかとか優しいとかそういったポジティブな理由というよりも、感情を勢いのまま表現する“瞬発力”のようなものが不足しているからだと思っている。

だからこそエッセイだったりコントだったり自分の考えをじっくり吟味し形にできるものが好きだし、日々のコミュニケーションにおいても、相手に届けるときには(良くも悪くも)強さや刺々しさがある程度削ぎ落とされているのだろう。

 

それ故、大きな喧嘩は人生において数えるほどしかない。

言い換えれば、数えるほどはあるのだ。強い感情を解き放つことが苦手な僕が爆ぜてしまった日が。

 

遡ること二十一年前。僕はまだ健康のことも確定申告のことも気にしていない高校一年生で、バスケットボール部に所属していた。

授業を受けて、部活に打ち込んで、マクドナルドでだべって帰宅。

そんな何気なくて美しい毎日と違わぬ一日に、その日もなる予定だった。

 

雲行きが怪しくなったのは、部活の練習後に定例で行われていた反省ミーティングの途中。

反省ミーティングとは、文字通り「練習中に感じた反省点」を各学年の担当者が発表するという意外性のかけらも無いルーティンワークなのだが、その日の一年生担当が僕だった。

当時の僕はというと本格的にお笑いにハマり始めた頃で、特にM-1グランプリにはかなりの熱を上げていた。今となってはその熱狂がお笑いの世界に導いてくれたことに感謝しているが、十六歳の僕は「お笑いを好き=俺はおもしろい」という拗らせた思考に導かれていた。

 

慢心真っ盛りの僕にとって、反省ミーティングは“おもしろいと思われたい欲”を満たす絶好の場だった。みんながこちらを見て、耳を傾けている。言わば、ステージの上。だから自分が担当の日は、毎回少しふざけたことを言ってから反省に入るようにしていた。いつもの様に話し始める。

 

「えー、まずは山本さん。新しいアシックスのTシャツがとても似合っていました」

 

みたいなことを言ったと思う。正直、大したことを言っていなかったので正確には覚えていない。みんなの反応もいまいち思い出せない。だが過大な自己評価に溺れていた僕は「まぁたおもしろいこと言っちゃったぜ」などと心の中でぬかしながら、何も疑うことなく満足していた。そして本題の反省点に移ろうと一呼吸置いた、その刹那。

 

「はい、スベった」

 

一瞬、石でも投げつけられたのかと困惑するほど、ギッチリ悪意で固められた言葉が僕の耳に飛び込んできた。声の主に顔を向ける。

同学年のT(髪がTSUN-TSUNだから)だった。薄ら笑いと言ったらこれでしょ、と百点をあげたくなるくらいの薄ら笑いを浮かべている。

 

イッッッッッッッッラ。

めっっちゃくっちゃイラッッとした。

 

Tというやつはものすごく揚げ足取りというか、何かと僕に突っ掛かってくる男だった。今思えば、彼にとってはこちらも何だか鼻につく腹立たしい存在であったのだろうが、要するにまるで馬が合わなかった。

そんなTに、勘違いながらに誇っていた“おもしろ”の部分を攻撃されたのである。今まで積もり積もっていた彼に対する嫌悪も相まって、僕の頭の中はあっという間に怒りでいっぱいになった。

 

……落ち着け、落ち着け。「今日の反省」をみんなに向けて話しながら、心を落ち着けようと努める。大丈夫。あんなやつの言うことなんて、気にしない。落ち着け。

僕の番が終わり、先輩の番が終わる。キャプテンの号令とともに、ミーティングが終了する。よし、もう落ち着いた。大丈夫。早く部室で着替えてみんなでマックに……

 

「ふざけんなぁぁぁぁ!」

 

気がつくと僕はTに飛びかかっていた。自分でも驚いた。心の中では「え!? そんな? そんなキレるほどのこと?」と思いながら、肉体は暴走していた。ちなみにたった今「ふざけんなぁぁぁぁ!」と荒々しく書いたが、実際は

 

「ひゅじゃきょえんぬわぁぁぁ〜!」

 

と細々しく高い声で叫んでいたと思う。何せ、喧嘩の経験などほぼ皆無に等しい。そういう人間の雄叫びほど残念なものはない。

周りのみんなも「え、なに? どういう状況?」と戸惑いながら一応僕とTの間に割って入る。意味がわからなすぎて笑っていた人もいた様な気がする。Tすら今何が起きているのかわからなかっただろう。僕はひとしきりジタバタした後、最終的にキャプテンになだめられ、今度こそ落ち着きを取り戻した。

 

ここまで書いて気が付いてしまったのだが、これは喧嘩ではない。僕が勝手に怒り、一人で暴れただけの情けない話だ。その後Tとは一ヶ月ほど口を聞かない期間を経て、きちんと謝罪をして(確か)仲直りした。それからもやはりいまいち馬は合わなかったが、僕が芸人になると決めた時はものすごく応援してくれたし、家庭を大切にしながらバリバリ働いているTを心から尊敬している。今でも定期的に集まる仲間の一人だ。

 

なんだか、書く前より少しばかり心が軽くなった気がする。

やはり、思い出の恥部はこういったエッセイや飲み会のネタに昇華してしまうのが得策なのかもしれない。

祥子も、思い出すと「うわぁぁ!」と声を上げてしまいたくなるような、情けなかったり

ダサかったりする話を教えてよ。一緒にスッキリしよう。

 

 

※次回の更新は、3月19日(木)の予定です。